世界的に信頼性が高い日本の液体ロケットエンジンは、
これまでの主力であるH-ⅡA/BからH3へと進化しようとしている。
そのカギとなる“燃焼”を研究する真子弘泰教授は、
ロケット開発エンジニアとしての経験を活かし、基礎研究から実用化に繋ぐことを目指す。
日本のロケット技術の牽引役
H-ⅡAの液体ロケットエンジン
人工衛星や国際宇宙ステーションの補給機を宇宙まで打ち上げるロケット。日本では1975年に初めての大型ロケットH-Ⅰが打ち上げられた。この時のエンジンはアメリカから技術導入を受けて作られたものだったが、この打ち上げを機に、国内のロケットエンジンの開発が加速。1994年にはついに日本初の純国産1段ロケットエンジン「LE-7」を搭載したH-Ⅱロケットの試験機1号が打ち上げられた。その後、改良型のH-ⅡAを2001年に打ち上げて以来、H-ⅡA/Bで2018年10月までに47回の打ち上げが行われ、そのうち46回が成功している。その成功率は97.9%。世界の打ち上げ実績が90%程度であることから考えれば、H-ⅡA/Bロケットの信頼度の高さが窺える。
日本の新しいロケット
出典:
(左) http://jda.jaxa.jp/result.php?id=f08bdde84676a4a0b3eaa3a0fd50ce12&adminflag=1
(右) http://www.rocket.jaxa.jp/engine/le9
理工学部航空宇宙工学科の真子弘泰教授は、その技術を支えた一人。前職である三菱重工業のエンジニア時代には「LE-7A」の開発スタートから量産まで関わり、液体ロケットエンジン開発一筋でやってきた。
「子どもの頃に見たアニメの影響で宇宙に興味を持ち、大学では燃焼系の研究室で水素燃焼の研究をしていました。当時からロケットエンジンの開発に関わってみたいという思いがあり、大学卒業後は三菱重工で液体ロケットエンジンの開発に携わりました。ロケットの打ち上げには何度も立ち会っています。無事飛び立った瞬間はとても感動的です」(真子教授)
ロケットエンジンには、液体燃料を使うタイプと固体燃料を使うタイプがある。真子教授が研究対象とする液体ロケットエンジンは、一度点火した後で消したり、点火し直したり、微妙な出力の調整もできるなど、制御性能が高く燃費が良いのがメリット。一方、固体ロケットエンジンは一度しか着火できないものの、推力が大きい。液体か固体かどちらかだけを搭載したロケットもあるが、世界の大型ロケットでは液体ロケットエンジンと固体ロケットエンジンの両方を搭載していることが少なくない。打ち上げ直後の推力が必要なところでは力の強い固体ロケットエンジンを使い、固体燃料を使って軽くなったところで制御しやすい液体燃料エンジンに切り替えるのだ。
謎の多い「燃焼振動」のメカニズムを
燃焼実験を通して解き明かす
H-ⅡAとH-ⅡBロケットに搭載された「LE-7A」は、2回に分けて燃焼する二段燃焼サイクルを採用している。二段燃焼サイクルは、プリバーナーと呼ばれる副燃焼室であらかじめ液体水素と液体酸素の一部を燃焼させ、その燃焼ガスでターボポンプのタービンを回した後、ターボポンプを駆動させたガスに残りの酸素を加えて、再度燃焼させる。この方式は非常に性能が高く、スペースシャトルのメインエンジンにも採用されるなど、ロケット技術の躍進に大いに貢献した。しかし、ロケット技術はまだゴールに達したわけではない。
ロケットの打ち上げコストや信頼性の向上を目指す動きが世界的にある
左:二段燃焼サイクル、右:エキスパンダーブリードサイクル
出典:https://www.youtube.com/channel/UCfMIdADo6FQayQCOkLYGhrQ
日本の次期主力ロケットとされるH3ロケットのエンジンとしてJAXAが開発中の「LE-9」は、「LE-7A」の1.4倍の推力を発生させると同時に、安価と信頼性の高さを実現させようとしている。現在、真子教授が取り組んでいるのは「LE-9」を見据えた研究だ。
真子教授が着目しているのは「燃焼振動」という現象。燃焼室内で生じる熱と圧力が互いに変動を強め合うことで発生する共鳴現象で、燃焼振動による圧力変動が大きくなればエンジンを破壊するリスクがある。「LE-9」で採用されているエキスパンダーブリードサイクルは副燃焼室がない構造で、極低温の液体水素により燃焼室やノズルを冷やし、その際に生じる熱交換で高温になった燃料でタービンを回す。副燃料室がなくパーツ数が少ない分コストが下がり、異常な燃焼が起こりにくいというメリットがある一方で燃焼振動が起こりやすいとされていることから、この現象の解明に向けて特に注力していきたいという。
「エキスパンダーブリードサイクルは、二段燃焼サイクルのように最初の燃焼でタービンを回した熱を再利用せずそのまま排気してしまうので、燃料噴射温度が低く、燃焼振動が起こりやすいのです。また、液体酸素と液体水素を噴射して混ぜ合わせるエレメントという二重円管の中の機構では、燃料が出てくるギャップ(溝)が狭くなることでエレメントが偏心したり、異物の影響を受けやすくなったりするなど、燃焼室を溶損するリスクがあることがわかりました。次のステップとして私たちは、燃焼振動という現象の解明や、燃焼振動を抑制するレゾネータと呼ばれるデバイスの研究開発を行っています」(真子教授)
研究内容
出典:Masaki Adachi 他 ISTS 2015
実際のロケットエンジンは、エレメントを数百本束ねた構造になっているが、真子教授の研究室では1本のエレメントによる燃焼実験装置を製作。気体の水素と酸素を使用した常温での燃焼実験を始めた。さらに、スピーカーから出る音で燃焼振動を模擬した共鳴現象を発生させ、狙った周波数帯の音を吸収するレゾネータの構造や並べ方を検証している。
大学での基礎的な研究から
未来のロケットエンジンへ
近年の日本のロケット技術は、アメリカやロシアと比べても遜色ないほど発展している。エキスパンダーブリードサイクルによる「LE-9」も、日本独自の技術として、世界に誇るロケットエンジンになるだろう。大学での基礎的な研究は、そのための大切な一歩になると真子教授は話す。
「企業の開発現場では、定められたゴールに向けて期限内に到達することが優先されます。だから、うまくいかないところがあっても、それを探究する時間はなく、ほかの方法を探るなどして確実にできる方向へ進みます。しかし、燃焼振動を含む燃焼の基礎的なメカニズムはまだ解明されていません。燃焼振動が起こる仕組みを解き明かし抑制する技術を確立することができれば、さらに品質の高いロケットエンジンの開発に繋がります。現在取り組んでいる基礎研究は、目の前の新しいロケットエンジンのみならず、未来のロケットエンジンにも応用できるかもしれません」(真子教授)
企業のロケット開発の現場から帝京大学に移って3年。大学では、異なる分野の研究者との横断的な繋がりも刺激になるという。研究室の学生たちも親身になって指導している。真子教授は、液体ロケットエンジンのさらなる発展を見据えて、未来に繋がる理論の確立や、次世代を担う人材の輩出を目指している。