現代の医療では、CTやMRIといった画像診断技術が欠かせない。
特に日本は画像診断装置の設置台数が多く、
CT、MRIともに人口100万人あたりの台数は世界トップで、
誰でも画像診断を受けることができる状況にある。
これらの医用画像に含まれる膨大な情報を解析する「レディオミクス」という手法を研究しているのが、
帝京大学福岡医療技術学部診療放射線学科の亀澤秀美准教授だ。
医用画像からがんの性質や予後を予測し、より良い医療につなげるための研究を進めている。
医用画像をもとに情報を解析する
「レディオミクス」を研究
今、日本では2人に1人ががんにかかり、3人に1人ががんで亡くなるといわれている。がん患者の増加にともなって診断と治療の技術は向上し、外科手術、化学療法、放射線治療という「がん3大治療」が確立された。現時点でもっとも安全かつ治療効果が高いことが科学的に証明された標準治療が行われている。しかし、研究が進むにつれて、がんの種類が同じでも人によっては治療効果も一様ではないことがわかってきた。
がんの種類や病期(ステージ)ごとに決められた標準治療が多くの患者に同じ治療をするのに対して、患者一人ひとりに合わせた治療をするのが個別化医療だ。近年普及しつつあるがんゲノム医療では、がんゲノム(遺伝子)を調べて、がんの遺伝子変異に合った薬や治療法を選択するという個別化医療が実現している。しかし、ゲノム検査はかなりのコストと時間がかかり、検査できる施設も限られるという課題がある。
がんの性質を決める方法には、がん組織を切り出して顕微鏡で調べる病理検査もあるが、がんを切り出すことは体への侵襲が大きい。しかも、この方法で調べられるのは、がん細胞のうちのごく一部だ。不均一な細胞からなるがんでは、がん全体の特徴を見逃しているかもしれない。
このような課題を解消して個別化医療を進める方法の1つとして、「レディオミクス」という研究領域が期待されている。「Radiology(レディオロジー:放射線学)」と「-omics(オミクス:網羅的解析)」という2つの言葉を組み合わせた造語である「レディオミクス」は、医用画像からがんの性質に関連する多数の特徴量を抽出して、網羅的に解析する手法だ。先に挙げた「侵襲性」「検査にかかるコストと時間」「がん細胞の不均一性」といった課題をすべてクリアできる可能性を秘めている。
CTやMRIで撮影した画像から
がんの性質を示す特徴量を抽出
「がん治療では、がんの有無や広がり具合、転移しているかどうかなどを調べるために、何度もCTやMRIでの検査をしますが、目で見えるがん細胞の明るさや形のいびつさなどしか見られていません。しかし、医用画像にはがん細胞の性質を表すような情報が含まれているはずなので、それらをがん治療に役立てようとしています」と亀澤秀美准教授は説明する。
がんは、遺伝子変異のほか喫煙などの環境因子などさまざまな因子で発生するが、医用画像の中にはがん細胞(腫瘍)の遺伝子変異や解剖学的?生物学的表現型(特徴や形質)が含まれているはずだという仮説に基づき、医用画像の中に表れている病変の表現型を特徴量として数値化し抽出する。それらをコンピュータで解析して、予後や再発などを予測するのがレディオミクスだ。
医用画像としては、CT、MRI、超音波(エコー)などがある。がん治療のプロセスで何度も撮影する医用画像は身体的侵襲も少なく、がんの一部だけでなくがん全体を画像化できるので細胞診におけるがんの不均一性の問題も解決できる可能性がある。CTやMRI画像は三次元的な情報としてがんやその周辺の状態を捉えられるというメリットもある。
それらの画像から得られる画像特徴量は数100種類以上もあるとされている。例えば、デジタル画像はピクセル単位で画素値(光の強さや色のコントラスト)があるので、隣り合ったピクセルの画素値のばらつき(ヒストグラム)を特徴量とする。そこから全体としての形やばらつき(不均一性)を調べる。また、がん領域の空間的分布(テクスチャ)を特徴量としたり、三次元的に捉えたがんに空いている大小さまざまな孔を特徴量として抽出したりした上で数学的に解析する。さらに、CTやMRIの画像を低周波数帯と高周波数帯に分解して、それぞれの周波数特有の画像特徴量を抽出するという方法もある。
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レディオミクスを用いることで
頭頸部がんの再発を予測する
医用画像から抽出した特徴量から治療後のがん再発などの予後を予測できれば、より良い治療の選択につながる可能性がある。亀澤准教授の研究でも、臨床での応用を視野に入れた取り組みが進んでいる。
亀澤准教授は、数あるがんの中でも、首から耳までにある咽頭部や唾液腺などにできる頭頸部がんを対象として研究に取り組んできた。頭頸部がんは中咽頭がんや耳下腺がん、鼻咽頭がんなど種類が多いことが特徴である。種類によって予後もさまざまであり、頭頸部がんとしてひとまとめに診断や治療することが難しいがん領域だとされている。とくに耳下腺がんは発生頻度が低い希少がんであるため、患者数が少なく、診断や治療技術が発展しにくい。
頭頸部がんのうち喉の中間部分に発生する中咽頭がんは、HPV(ヒトパピローマウイルス)が発生原因の1つで、すべての中咽頭がん患者がHPVに感染しているわけではないが、HPVに感染していると放射線治療が効きやすいことが明らかになっている。そこで亀澤准教授は、レディオミクスを用いて、中咽頭がんのCT画像からHPV感染の状態を評価する手法を確立。放射線治療が有効な患者に対しては、積極的に放射線治療を選択するという判断の助けになる。
また、希少がんである耳下腺がんでは、針を刺して細胞を採取する穿刺細胞診という方法で悪性度を調べているが、この方法は患者の身体的負担が大きいだけでなく、判定精度にばらつきがあるという問題がある。この問題を解消するため、MRI画像から特徴量を抽出し、悪性度の高低を関連付ける解析を行ったところ、従来の方法(79.5%)より高い精度(85.4%)で悪性度を予測することができた。
最近では、頭頸部がんの種類を区別せずに特徴量を抽出して、再発を予測するモデルを検討し、評価した。「この研究については若干精度が上がったにすぎないため、抽出する特徴量の種類や解析方法を工夫することで精度をあげていく必要があります」と亀澤准教授は説明する。
医用画像という宝の山を生かし
一人ひとりの患者に最適な医療を提供
亀澤准教授は、診療放射線技師として多くのがん患者の治療や診断に携わってきた経験あるだけに、レディオミクスを実際の治療に役立てたいという思いは極めて強い。
今解決したい課題の1つが、施設による診断画像の質の違いだ。大学病院や大規模病院であれば最新の機器を導入できて高解像度な画像をレディオミクスに活用できるが、どの病院でも同じような最新機器を扱えるわけではない。施設によって画質に違いがあり、それが解析精度にも影響してしまう。
さらに、レディオミクスにAIを組み込む研究も進んでいる。いずれは特徴量の抽出から解析までAIが自動で行うようになるだろうが、AIが介入するにはさらに大量のデータが必要になる。加えて、どうしてそのような結果に至ったのかが見えなくなってしまう。「その画像からなぜそのような予測結果が出たのかを説明できなければ、臨床現場の医師たちは納得しません。AIはそこがブラックボックスになってしまうことが問題です」
最新の研究では、医用画像から放射線治療に抵抗性のある部分をピンポイントで見つけ出そうとしている。今はがんに対して正常組織をさけながら放射線を照射しているが、がんの中でも抵抗性のある部分にはより強く当ててほかは強さを抑えるというように、より効果的で、副作用を最低限にしたいという。
「患者さんたちは、診断や治療方針の決定、治療効果の確認などで、何度も医用画像を撮影しています。そこにはまだ読み取れていないたくさんの情報が含まれているはずです。医用画像という宝の山の中から、多くの患者さんの命を救うことに役立つ情報をレディオミクスで引き出すことを研究の目的としています」
レディオミクスで得られた解析結果から、再発を防いで、より効果的な治療法を提案する指標にする――。その先には「がん患者さんの病気を治して、誰もが幸せに過ごせるようにしたい」という究極の目標があると亀澤准教授は強調する。その情熱が、研究の推進力になっている。