帝京大学大学院公衆衛生学研究科 准教授
井上まり子 先生
ミシガン大学公衆衛生大学院修士課程(MPH)修了後、フィリピンにて国際協力の仕事に従事。そこで経験した不安定な労働者の健康問題をきっかけに研究の道へ。東京大学大学院医学系研究科博士課程修了後、帝京大学で教鞭を取る。
公衆衛生は、人の生命、生活を守ることが専門。古くから人の健康における水や環境の関係は重要視され、コレラ菌からコロナウイルスに至るまで公衆衛生はさまざまな細菌やウイルスの感染予防に貢献してきた。
井上先生の専門は、公衆衛生の中でも社会疫学として知られる分野で、非正規労働者などの健康について研究している。不安定な立場で働く場合、どのような状況下で健康を損なう傾向が高いのか、また予防的な医療行為にアクセスできているかを調査分析し、解決方法を模索することがテーマ。
日本には産業衛生に関する法律があり、常時50人以上の規模の職場には産業医を選定する規定があるが、日本は中小企業が圧倒的多数。小さな事業所などでは産業保険の恩恵が十分とはいえず、自営業の人たちは制度から抜け落ちる傾向にある。
そこで、地域にある地域産業保険センターを活用する試みや、中小企業での産業衛生に取り組む専門家が登場するなど新たな取り組みも始まりつつある。生産性の増大につながる「副業」という働き方も増え、働き方が多様化しているからこそ、産業衛生に対する不安が働くことへの障壁にならないよう対策が必要。
人は幸せに暮らすために働くのが理想で、働くことで健康を害するのは本末転倒。労働環境を要因とした疾患やストレスは憂慮すべきことであり、その現状を変えることが研究の大きな目的である。SDGsの観点でいえば、公衆衛生は社会の健全性に対する試み。働く人の健康を通して経済や社会を“診る”ことは、社会の可能性と健全性の向上につながる。