帝京大学文学部史学科 准教授
髙杉洋平 先生
海上自衛隊生徒を経て、國學院大學文学部史学科卒業。同大学大学院法学研究科博士課程後期満期退学後、宮内庁書陵部編修課(非常勤)に勤務。同大学大学院に再入学し、博士号(法学)を取得。2019年より帝京大学文学部史学科准教授を務める。
日本の近現代史研究は、戦争の反省から生まれたといっても過言ではない。戦争を経て、日本国憲法の基本原理の一つにもなっている「平和主義的」な国家となった今、近現代史研究から得た教訓を、世界の安全保障問題へ応用することを考えている。日本では、平和と軍事力は相反するものとして認識されるが、世界的には平和と軍事力は表裏一体である。
十分な軍事力を持っていると、お互いの恐怖心を高めて戦争を誘発する危険性があると同時に、相手が戦争状態に持ち込むことを躊躇するきっかけにもなる。ということは逆に、「平和主義」が他国の軍事行動を誘発する場合もありうる。一方、現代では世界各国は経済から文化まで多様な要素において利害関係をもつため、経済的互恵関係が成立し、戦争をすればどちらも甚大な被害を受ける状態が作り上げられている。安全保障理論は非常に複雑。
安全保障の考え方には、「人は何かを得る利益より損失を重大視する」というプロスペクト理論が適用される。プロスペクト理論とは、心理学に基づく行動経済学の代表的な成果。例えば、1万円が入った自分の財布を落としたら必死で探すが、どこかに1万円が入った財布が落ちていると言われても、一生懸命探さない。この判断にかかわる重要な要素として、参照基準点が挙げられる。自分の財布を探す場合の参照基準点は「財布を落とす前」。一方、財布を探さない場合の参照基準点は「財布を持っていない現在」のため、損失が生まれない。
これを戦争で考えると、例えば太平洋戦争直前では、日本は日中戦争の最中で、日本は中国大陸に広大な占領地域を確保していた。日本にとってはその現状が参照基準。これに対し、中国や米国にしてみれば、占領前の状況が参照基準点。参照基準点にずれがあり、戦争以外の解決方法がなくなってしまったといえる。こうした現象はロシアのウクライナ侵攻やパレスチナ紛争でも観察できる。
安全保障議論はSDGsと密接な関係がある。先進国と途上国の関係もプロスペクト理論が適用でき、相互の参照基準点を探って妥協点を模索している最中といえる。新しい国家間のパートナーシップの可能性が生まれつつあり、同時に新たな対立を生み出している側面もある。安全保障同様、きれいごとだけではうまくいかないが、日本の近現代史の知見を導入することで、新しいSDGsの捉え方が可能になるはず。