- 2年で新陳代謝する法人の可能性 -
帝京大学経済学部経営学科 講師 三竝康平
2015年神戸大学大学院経済学研究科博士課程後期課程修了。イノベーション論、経済体制論や計量経済学を中心に、中国社会経済に精通。神戸大学大学院経済学研究科研究員(現在に至る)、神戸大学経済学部非常勤講師等を経て、2016年に帝京大学経済学部経営学科助教。2019年に同学部同学科専任講師に就任。現在は、中国経済をはじめ、イノベーションの社会実装、産学官連携プロジェクトを通した地方創生、大学発ベンチャーやアントレプレナーシップ教育の新しいあり方に関する研究に取り組む。
現在、私のゼミが地方創生を目的として挑んでいるテーマは、イノベーションの社会実装としての新製品開発をめざす産学官連携プロジェクトへの参加を通した、ベンチャー教育の新しいあり方に関する研究「帝京大学発ヨーグルトプロジェクト」です。なかでも、2017年の帝京大学医真菌研究センター長 関水和久教授との出会いは、このプロジェクトを語るうえで欠かせません。関水教授は2012年に東京大学で研究をされていた時、従来の乳酸菌と比べ免疫機能を活性化させる作用が高い新しい乳酸菌である「11/19-B1乳酸菌」を発見(ここでの「免疫」は自然免疫のことを指す)。東日本大震災後には、福島県の乳業会社と連携した震災復興プロジェクトを推進していました。関水教授はほかにも複数のパワフルな乳酸菌を保有しています。ゼミでは、帝京大学産学連携推進センター長 中西穂高教授と連携し、関水教授の乳酸菌を活用した本学発の新製品作りに着手し、学生たちにとっての挑戦と実学の場とすることに注力してきました。
2018年、本ゼミでは事業を立ち上げるためのリサーチも兼ねて、大学内での販売ネットワークの構築に着手しました。続く2019年には、茨城県常総市の地域活性化や農業振興を目的として、我々のゼミ活動に賛同いただいた警備会社のALSOKとで「民間提案制度」を活用し、乳酸菌技術と常総市の野菜を組み合わせた製品の開発を提案し、採択されました。現在はこのプロジェクトをコアに、持続可能な事業構築に挑戦しています。社会に広く知られるようになった産学官連携ですが、進めていくのは簡単ではありません。特に地方では、企業または国の一時的な資金提供は期待できても、景気が変動し企業が撤退したり、国の補助金や助成金の期限が終了したときにプロジェクトが終了するケースが目立ちます。同時に、かかわる人びとにとっても、本気で事業化するための継続的なモチベーション維持や人材確保も重要なテーマです。私は、この課題を解決しうる存在として”学生”に注目しています。
たとえば、常総市との産学官連携プロジェクトでは、事業提案のためにALSOKの担当者とゼミの学生が何度も現地を訪問しヒアリングを重ねました。すると、行くたびに学生の力になろうと、さまざまな方が登場し新しい情報を提供してくださる。プロジェクト全体の意識が変わっていくのを目の当たりにしました。学生の純粋な熱意が、さまざまな人たちに伝播し共創を産んでいくのです。最終プレゼンで使用する資料もゼミ生2人が中心となって作成し、プレゼンテーションにも参加。最終的にALSOKと共同で、規格外野菜など常総市の地域資源と乳酸菌を組み合わせた地域特産品(漬物等)開発を構想するなど、地域活性化にかかる新事業を創出するという提案が、審査委員会で採択されることになりました。学生にとって大きな自信になっただけでなく、産学官連携における学生の存在意義を実体験できる貴重な経験となりました。
この結果をふまえ、本ゼミでは本学経済学部経営学科 関水信和客員教授が設立された株式会社L
現在、プロジェクトや法人の中心となっているのは本ゼミ出身者で、2019年に本学を卒業したばかりの女性。2017年にスタートしたプロジェクトでリーダー的存在だった人です。
代表を学生ではなく卒業生にしたのも、俯瞰的な経営の実現に必要だと判断したためです。この体制がうまくいくかどうかも研究ですし、うまくいかなくても”うまくいかなかった”という結果がでる。私に課せられた役割は、この法人にチャンスをたくさん用意していけるかどうか。商品開発は、技術やビジネスに関する知見だけでなく、たとえばパッケージデザインに関する知見も必要です。デザインについては、新進気鋭のデザイナーであるOJAR一級建築士事務所代表(京都芸術大学非常勤講師)の大脇淳一氏がプロジェクト開始時から、学生とタッグを組んでデザイン監修を担ってくれています。さまざまな協力者の力を借りながら、学生が地域にモチベーションを生むように、学生にモチベーションを生むことが私のミッションなのです。こうして、それぞれの役割が用意された実践的かつ実学的なベンチャー教育の「場」が生まれています。
実学を教育指針に掲げる本学は、このようなベンチャー教育の「場」を「生きた教材」であるととらえ、非常に力強く応援してくださっています。ただし、大学という法人が経営参画することはありません。主に、ビジネスモデルやパッケージデザインなどの提案、産学官連携の推進といった後方支援的な動きです。たとえば、製品化したヨーグルトや漬物などを学内の売店に展開するために協力体制を構築いただいたり、学食での提供といった支援を検討いただいています。学生にはこの環境をどんどん活用して、自分の力を磨き上げていってほしい。帝京大学で「自分流」のベンチャー教育を経験した学生には、その後、社会に出た時に、さまざまな課題を自分の力で切り開ける存在への昇華をめざしてほしいです。
SDGsの観点で考えるのであれば、現代社会は資本主義が隆盛を極めた結果、地球資源の濫用による気候変動や貧富の差の拡大といった巨大な社会課題と向き合わざるを得なくなっています。資本主義の主役は法人です。新しい思想をもった法人設立の模索は、資本主義の次の時代を切り拓く可能性の模索そのものです。スタッフがすべて学生であり、さらに2年ごとに強制的に入れ替わるというユニークなシステムは一体どのような価値を見せてくれるのか。また、それは新しい法人のあり方として、持続可能な方法論を編み出すに至るのか。興味は尽きません。それでも、個人の可能性を許容し高めてくれる法人の存在は、SDGsが掲げる複数の課題解決に貢献します。これまでお話してきたような、学生中心のユニークなベンチャー教育を試行する大学は日本でもあまり例はなく、帝京大学発で、社会課題そのものの解決を事業化するような新しいベンチャーのあり方を社会に提案することができれば、より多くのSDGsゴールにコミットできるでしょう。
活動を国際的にも広報していくために、2019年に香港で行われた世界最大の食品見本市である「香港Food エキスポ」のブースへ学生を派遣し、2020年には王立プノンペン大学で行われた「絆フェスティバル」にもゼミの3?4年生の有志チームで参加しました。これからも、このようなプロジェクトの国際展開?発信に挑戦していく予定です。同時に、カンボジアをはじめとした途上国支援にどのように貢献できるのかについても議論を深めています。これから学生が何を見つけるのか私にはわかりません。そもそも、学生という存在は豊富な選択肢を持っています。視野を広く持ち、自由に可能性を論じ、熱い心で小さな感動を生み出し、豊かな経験を蓄積すべきです。いくつかの産学官連携プロジェクトを推進していく過程の中で、帝京大学から、より多くの人びとの心を揺さぶり感動させる、社会に有用な人材が継続的に生まれていくことで、社会の持続可能な発展に貢献していければうれしいです。
<株式会社LABiTの名前の由来>
Lactic Acid Bacteria Innovation by Teikyoの略称を社名として採用。直訳すると「帝京大学による乳酸菌を活用したイノベーション」となる。本学医真菌研究センター長 関水和久教授のパワフルな乳酸菌技術をベースに、帝京大学の知見を分野横断的かつ有機的に活用しながら社会実装したい、という願いが込められている。LABiTはこの技術をもとに、本学経済学部経営学科 関水信和客員教授を社長に会社が設立された。これを引き継ぎ、現在は学生主体で運営していく形に発展させており、関水信和客員教授には引き続きご指導をいただいている。